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Art

女性として、そして人間としての生き方を作品に投影し続ける写真家

独占インタビュー|タマー・キャラヴァン(写真家・アーティスト)

by ISRAERU 編集部 |2020年11月20日


タマー・キャラヴァン

タマー・キャラヴァンがカメラと出会ったのは、12歳の時。父親の持ち物の中にカメラを見つけた時でした。そしてその出会いは、彼女の一生を変えてしまう大きなものだったのです。


それからというもの、タマーはどこに行くにもカメラを手放しませんでした。父親であり芸術家のドニ・キャラヴァンと共に、家族で仕事に出かけるときは、その中で出会ったアーティストたちのポートレイトを撮る機会を決して逃さないようにしました。


そんな環境で育ったタマーは、今、イスラエルを代表するカメラマンとなっただけでなく、母親であり、芸術家であり、子供たちのセラピストであり、ファッションリーダーとしても活躍しています。そんなタマーの過去や、現在進行中のプロジェクト、ファッションへの想い、そして彼女のクリエイティビティを刺激する内なる感情について、インタビューを試みました。


芸術とファッション、そして創造力のDNA

タマーは、父親によって、芸術という名の扉を開け放たれました。世界中を芸術家である父親と旅する事で、まるで異なる文化の、様々なアートとファッションを体験することができたのです。


「ファッションには、本当に子供の頃から大きな興味を持っていたわね。9歳の時にイタリア旅行をした際には、イスラエルでは決して出会えなかったような体験もできたわ。もうその年には、ファッションに対して自分なりの意見を持っていたの。イタリアで皮のブーツを見た時には、両親に物凄い勢いで『買って!買って!』とねだったものだわ。私の母と祖母も、ゴージャスな装いを好む人たちで、無論自分のファッションスタイルをちゃんと持っている人たちだったわね。なので、そのDNAが私にもちゃんと引き継がれていたの。でもね、海外に出て初めて、ファッションというものに何ができるかが分かったと思うわ。」


タマーはその後、イスラエルを代表する美術学校である国立ベツァルエル美術デザイン学院で学び、卒業後は、アートディレクターの道に進んだのですが、仕事に就いてすぐに、今のままでは何かが欠けてる、という思いに囚われたのです。その時思い出したのが、子供の頃の父親との会話でした。「どんな事にタマーはワクワクするんだい?」という父親に、彼女は、「もちろん、ファッションと写真よ!」と答えた事です。


「私にとって、ファッションは人生の喜びなの。『正しいも、間違いもない』というのがファッションに対する私の信念ね。着飾るのは、あくまで自分自身のためであって、彼氏や他人のためにすることではないのよ。そうする事で、人生に幸せとカラフルさと楽しみを与えてくれるものなの。これは一種のセラピーだと思っているわ。」


父親に勇気付けられ、タマーは、国内の有名な新聞で、ファッションに関するコラムの担当を依頼されるようになります。タマーはそこで、写真から、スタイリングから、執筆から、総合プロデュースまで、全て一人でこなす事になりました。その経験から、今日の彼女のベースが形作られたと言っても過言ではないでしょう。


音楽、ファッション、アート、そして心理学

今日、タマーの作品は、音楽からファッション、そして心理学に至るまで、幅広い範囲をカバーするものになっています。


Ninet、 Efrat Gosh、そしてSivan Talmorといった、国内でも有名なミュージシャン達のミュージックビデオの監督を務めているのです。


「ザラで初めてエフラットと会った時、私は、彼女の全てを写真に撮りたいの、と彼女に言ったのね。結局、この仕事を通じて、彼女とは素晴らしい関係が築けたわ。そして、彼女がこのアルバムをリリースする時、このプロジェクトのアートディレクターを務めてくれないか頼まれる事になったの。本当に素晴らしい仕事が一緒にできたと思うわ」


Music video for Efrat Gosh: Boxing fight, directed by Tamar Karavan.

「このビデオも楽しかったわね。とても気に入ってる。4人の女友達が、どんなふうに一緒に、幸せに、そして美しく過ごしているかを撮った、ちょっとユートピアチックな世界観なの。」


Music video for Sivan Talmor : Silencet, directed by Tamar Karavan.

彼女のインスタグラムのアカウントは、彼女のユニークな人生とそのスタイルを垣間見せてくれるメディアになっています。30,000人ものフォロワーに対して、日々の彼女の生活や仕事、最新のプロジェクト、立ち寄った先での風景、アート作品、そしてファッションといった様々なフェイズで、最新のポートレイトをシェアしているのです。


「そうね、インスタグラムは気に入っているメディアだわ。私の周りにある雑音を消してくれる効果を持っているのよ。私は、他人が私のことをどう思っているかなんて全く気にしていないし、私がどう行動してほしいかんなんて、それこそもっての外よね。インスタアカウントに投稿するのは、まあ日記のようなもの。そこに、私自身の個人的な世界を形作りたいと思っているの。」


「何が正しくて、何が間違っているか、そんなことを気にしないのが私のスタイル。だって、着飾ることは、まさに生と死に関わることなのよ。服を着る事で、服を脱ぐことができる訳よね。そんな時、今日は何が美しかったのか、そして明日は何が醜くなってしまうのか、そんな想いを馳せることができる瞬間なの。だからこそ、私は「勇気を持って」日々のファッションにチャレンジするのよ。どんなコンビネーションでも恐れないわ。」


彼女の直近の作品は、スカーフデザイナーであるディクラ・レヴスカイの作品を写真に収める仕事でした。


Fashion campaign for Dikla Levsky, 2020.

「ええ、この仕事の結果には、とても満足してるわ。彼女のスカーフはとってもカラフルで、強いプリント柄があるのね。もちろんそんなプリント柄を組み合わせていく事に私は長けていると思っていたのだけれど、スタイリングを進めていくと、その柄を全く使っていない事に気が付いたの。だからこそ、スカーフ作品そのものに如何にハイライトを当てるか、そこに執心したわ。どんな仕事に於いても、ベストの結果をもたらすにはどうすれば良いかを探っていくことは、本当に素晴らしい経験よ。」


タマーの作品はどれも、彼女の女性としての、そして人間としての生き方に全て影響されていると言って良いでしょう。カメラを通じて、広い心の視野と勇気とを持ちながら、周りを喜ばせようなどという浅はかな考えは全くなしに、彼女は、自身の考え方と感情とを、ワクワクするような、そして考えさせるような、正直でかつ完全に個人的なイメージに変えていくのです。


「『涙』という私の作品は、女性が如何に困難を嘆いているかを扱った作品ね。私たち女性は、その時どんなに涙が頬を伝っていようと、朝早く起きて、口紅を付け、家を後にするのよ。


「後年になって、『開かれた心』と題する作品を作った時には、他人が自分のことをどう思って欲しいのかという側面と、自分の心は本当はどこにあるのかという側面の間にある溝を描こうと考えたわ。そんな二律背反するような感情を抱く時、人々は、何らかの『対価』を払わなければならないし、心を完全に開く必要があるのね。ほとんどの人々は、そうやって自分の心情を明らかにすることで傷つくのを恐れるわ。でもね、私は違う。常に開かれた心を保とうと思っているし、結果的にその傷が自分を責めたとしても、心が開かれている事で、それを受け入れることができると感じているわ。」


“Open hearts”, 2018.

「私の3番目のプロジェクトには、『信頼』というタイトルを付けたわ。その作品を作っている時、私は本当に安全で安らかな時間を過ごしていたし、私自身だけでなく、私と一緒にいてくれた様々な人々に対して、心からの信頼を示したいと思ったからなの。」


タマーは、写真の他に、心理学にも造詣が深い人物です。心理学を勉強することで、それを子供達のセラピーに活用したいと考えているのです。


「心理学というのは、自分に対する様々な発見を与えてくれる学問ね。自分の作品があまりにも人工的になり過ぎてしまったと感じた時があって、その時は、全く作品に深みを与えることができずに、人生に対する意味すら失われてしまったような気になったわ。でもね、子供たちが私のもとに来てくれる度に、そのこと自体が子供たちの心からのメッセージであるような気になったのね。だから、セラピーを通じて子供たちの心を癒していく行為は、私にとってはかけがえのないものなの。」


愛と繋がりの部屋

Tessa, “A room of my own”, 2019.

タマーの最新の単独作品展である「私の部屋(2019年5月)」は、大きな成功を収め、イスラエル全土の様々な人々を魅了しました。タマーにとって、この非常に個人的ともいえるプロジェクトは、彼女のフェミニストとしての立場に基づくものであり、彼女の中でも特別なポジションを占める作品展でした。まさに「私にとって、一番大事な」展覧会だっと言えましょう。


「『私の部屋』は、愛と繋がりに関する望みを描いた作品なの。自分自身を愛すること、そして、自分だけの、安全で、女性にとってはとても馴染み深い何かを、全く恐れずに、ただそこにいる事のできる、そんな神聖な場所を求めていく、そんな望みね。」


Kiane, “A room of my own”, 2019

「この展覧会は、私自身の内なる世界を表現する部屋を描こうとしたもの。私を幸せにしてくれる全てのものを、それが食べ物であれ、愛であれ、慈しみであれ、そこに全てを詰め込もうと思ったわ。これは、みんながどのようにして自分自身を気遣っていくか、ただ単に白馬の騎士が来て救ってくれるのを待つようなものではなく、誰かに頼るのでもなく、自分自身で自分を如何にいたわるかを描いたものね。『私の部屋』という作品は、私自身にとっても、自分自身の愛であり、共感であり、安全な場所でもあるの。」


フェミニズム、自身の成長、そして心の中での変化を見せてくれるビジュアル化された履歴書

タマーは、フェミニストという立場は、わざわざ外に向かって表明するような事ではないと考えています。それは男性にとっては関係のない事ですし、女性としての自分自身の立場そのものだからです。


「私の目には、本当のフェミニズムというのは、他の女性のに対して如何に親切にすることができるか、という意味に映っているの。女性が、お互いに、共感し合い、支え合い、互いに力付けるような、お互いを求め合うような環境になれば、世界はもっとより良い場所になっていくと信じているし、様々な社会的変革が実現できると思っているわ。」


「その考え方はね、私の写真に如実に表れていると思う。初めてこの世界に入った時、テオドラという若い女性を2年間に渡って追い続けたことがあったわ。彼女は、とても小さくて、痩せていて、中性的な女性だった。まさにその時の私みたいにね。自分の息子が生まれるまで、私自身、とってもおてんばな人間で、男の子みたいな感じだったのよ。でもね、妊娠を経て、そんな感じは全く変わっていったわ。今では、より成熟した女性たちをしっかり撮っていきたいと思っている。女性が写真を撮っていくということは、ファッションであれ、アートであれ、その時々の自分自身を、その作品に投影し続けていく事なんだって思うようになったわ。」


まるで、ビジュアル化された履歴書のように、タマーの作品の一枚一枚全てが、彼女の内なる経験や心の揺れ動きといったことを表現しているのです。無論、コロナ禍での「ニューノーマル」な生活も、その例外ではありません。家に留まり、ソーシャルディスタンスを確保していく毎日でさえ、彼女にとっては、新たな局面を創造するための糧でもあるのです。


「この日々で最大のレッスンは、コロナ前の状況を、如何に人々が当たり前のこととして捉えてきたか、ということかしらね。私たちの健康、互いへの愛など、全てのことに対してね。この限られた状況でもっと何かを求めること、そして、どんなことが過去にはできたのか、毎日の本当に小さな事柄一つ一つが、如何に素晴らしいことであったのかに思いを馳せることで、全世界の人々が自分を見失ってきているのが現状ではないかしら。」


「そんなロックダウンされた生活の中、それでも私は、全ての人間がしっかりお互いに繋がっている、ということを感じているわ。確かに反面、この状況下では、現実的に孤独であることは避けられないこと。だからこそ、この時だからこそ、この世界を変えていくために、自分の過去を振り返るのではなく、これから私にできる何かがあると感じているの。今までも、そして今でも、自分の中で様々なことを計画しているわ。そしていつの日か、確かな何かを成し遂げることができると感じている。でもね、しばらくの間は、私のメインの目標は、自分自身と周りの人々に、如何に親切でいることができるか、というところに尽きるわね。」