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アートとテクノロジーを融合させた現代メディアアーティストの独創的な発想の根源とは

by 長谷川 雅彬 |2022年09月05日

前半ではマイクロソフト研究員からメディアアーティストに変身を遂げたリアット・セーガルさんに、彼女のユニークな半生について話を聞きました。後半では彼女の独創的な発想がどこから来るのか、頭の中を少し覗かせてもらいましょう。


Liat Segal (リアット・セーガル)

アートとテクノロジーを融合させた現代メディアアーティスト。ソフトウェア、エレクトロニクス、メカニック、情報を用いてデジタルを物質化し、ビッグデータ時代の存在を観察している。彼女の作品では、親密さと疎外、プライバシーと過剰な露出、コントロール、アイデンティティ、記憶、存在、コミュニケーション、オリジナリティについて問いかけている。意思決定分析と複雑系(ミネルバスクールKGI、サンフランシスコ、2017年)、コンピュータ科学と生物学の修士号(テルアビブ大学、2007年)、Adi Lautman Interdisciplinary Program for Fostering Excellence(テルアビブ大学、2005年)を卒業。Microsoft Innovation Labs研究員やヘブライ大学Bezalel School of Arts and Design講師などの経験を持つ。

http://www.liatsegal.com/

Photo by Viviane Wild


イスラエル人アーティストがテクノロジー業界からアートの世界へ飛び込んだ理由とは
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イスラエル人アーティストがテクノロジー業界からアートの世界へ飛び込んだ理由とは イスラエル人アーティストがテクノロジー業界からア...

長谷川 雅彬 / 2022年08月26日


―――リアットさんの創作過程について詳しく知りたいのですが、典型的な創作プロセスはどのようなものでしょうか? 特定の流れがあるのでしょうか、それとももっと直感的なものなのでしょうか。


私のプロジェクトのアイデアの種は、常に蓄積されています。多くの場合、私が面白いと思う自然のプロセスや、興味をそそられる技術的なコンセプト、あるいは私が人間として取り組んでいる疑問やコンセプトからインスピレーションを得ています。これらのアイデアの種は、時間が経っても忘れないように文章にまとめておき、新しいプロジェクトを始めようと思ったときに、頻繁に見直しています。


新しい展覧会の制作は、コンセプトや理論のレイヤーを物理的に実現する可能性とマッチングさせることから始まります。通常、作品を視覚化することから始めますが、その後、あるアイデアが生き続け、発展し、またあるアイデアが残るという進化のプロセスを経ます。この段階でアイデアに恋をしてしまわないように一晩寝ると、突然、特定のアイデアについて意味のある気づきを得ることがよくあります。そういう意味で、私の創作活動には「時間」が不可欠なのです。


そして、研究、開発、アイデアの実装は、私のスタジオで行われます。私の作品には、メカニカルな要素、エレクトロニクス、ソフトウェアが含まれていますが、これらはすべてスタジオ内で開発されています。ハイテク産業の類似プロセスと比較して、迅速かつ低コストのソリューションを見つける必要があることが多いのです。大規模なインスタレーションの実装を手伝ってくれるアシスタントのチームと一緒に働き、多くの場合、創造的で問題解決のプロセスにも参加しています。


Impossible Object
Impossible Object Photo by Liat Segal

―――テクノロジー業界出身アーティストならではのアプローチですね。テクノロジーの進化は、クリエイションに影響を与えますか? 例えば、テクノロジーの世界とアートの世界の進歩の速さのギャップをどのように緩和していますか?


自分では技術に精通していると思っていますが、すべての新しい技術を把握することは不可能です。私は、オンラインと現実世界の両方で、技術的なコミュニティに参加するのが好きです。なので、アーティストとして、またギークとして刺激を受けることができます。私の仕事では、ただ新しいという理由だけで新しい技術を追いかけようとはしませんし、技術は目的を達成するための道具であることを忘れないようにしています。特定の技術を使いながら、コンセプトが疎かにならないようにすることが重要で、後者の場合、作品は意味のあるアートワークではなく、素敵なギミックのままになってしまうからです。


―――たしかに、ただ単に最新のテクノロジーを追うのではなく、何のためにテクノロジーを使うのかという点は社会でも重要ですね。制作の過程で一番苦労したことは何ですか?


制作を始めて以来、どのプロジェクトも実装に苦労し、未知の部分が多くありました。これはアーティストとして意図的に選んだわけではありませんが、私は一般的にパズルの解決策を見つけることに惹かれます。しかし、それは私の創作活動を面白くするのと同時に、リスクも高めることになります。また、展示に取り組む際には、堅牢であること、最小限のメンテナンスで長期間稼働させることを念頭に置く必要があります。テクノロジーを用いたアート作品をアートコレクターに販売する場合はなおさらです。すべてのテクノロジーには寿命があるため、アートが不滅であるという概念に挑戦しています。


Impossible Object (Photo by Eytan Stibbe and Rakia)

―――テクノロジーを使うことでアート作品に寿命が生まれてしまうというのは面白い視点です。プロジェクトにおいて、どのようにそういった困難を克服し、それに対してどのようなアプローチをとっているのでしょうか。


私たちは、多くの知識が自由に利用できる素晴らしい時代に生きています。技術系のコミュニティでは、オープンソースの文化はあらゆるクリエイションに不可欠な要素です。芸術はオープンソースの観点からすると少し遅れていますが、人々はどんなテーマでもオンラインで教育することができ、かつては巨匠のみが所有していた無限の領域のノウハウを簡単に学ぶことができます。個人的には、さまざまなネットワークやコミュニティの一員であることが、自分の仕事を進化させるのに役立っていると感じています。一人では乗り越えられないような困難が、そのようなコミュニティの接着剤になっていることも多いのです。


―――確かにアートの世界は今でも個人ベースの創作活動が多く、オープンソースという考え方は浸透していませんね。もし技術に限界がなければ、こんなことをやってみたいというアイデアやプロジェクトがあれば教えてください。


地球上とは異なる物理的な制約がある環境向けの作品をもっと作ってみたいですね。最近、物理学者のヤスミン・メロズ博士と共同で、国際宇宙ステーション(ISS)に送る作品を制作する機会を得ました。Impossible Objectは、微小重力物理学を媒体とした研究ベースのアートワークです。この作品は、2022年4月のミッションAX-1(国際宇宙ステーションにおける初の民間宇宙飛行士ミッション)において、イスラエルの宇宙飛行士エイタン・スティーブによってISS上で起動されました。


作品「Impossible Object」は、液体の水で作られた彫刻です。液体の立体的な形は、どの容器からもその形を得ることができないため、地球上では存在できず、重力のない宇宙空間でのみ存在します。この彫刻は、真鍮の棒と管で構成され、その中を水が流れています。重力がないため、水は彫刻の金属の構造体に付着し、水の表面張力と付着力によって構造体にまとわりつき、ダイナミックな3次元の液体組成を形成するのです。ロッドとチューブで構成されたこの彫刻は、方向性のない波打つ階段のようです。この作品は、形とは何かを問いかけているのです。重力がなかったら、海のかけらや波の一握りの形はどのようなものだろうか?そんな疑問から生まれた作品です。


リアットさんの話からアートやテクノロジーは決して遠いものではなく、多くの共通点が見出せることに気がつきます。私たちはついつい自分のバックグラウンドに縛られてしまいがちですが、視点を変えることで無限の可能性を追求できるかもしれません。テクノロジーが私たちのために存在するように、仕事も生きるためにあるので、仕事をするために生きてるわけではない、ということを改めて認識させられるものです。