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BUSINESS

学生たちの挑戦。2週間の“イスラエル起業家研修”に参加した早稲田大学の二人が得たもの

by 新井 均 |2023年05月11日

2月に公開したふたつの記事、「百聞は一見に如かず 2022年度イスラエル海外武者修行プログラム~No Venture, No Victory~」「大使館から武者修行参加者へのエールは“Yalla!”」で “イスラエルでの起業家研修” を紹介した。


この研修に参加した8名の若者のうち2名に取材をし、その体験と得たものについて話を伺うことができた。話を伺ったのは、早稲田大学基幹理工学研究科修士2年の畠山祥さん、政治経済学部 国際政治経済学科4年の中辻新さんのお二人である。若き挑戦者が2週間のイスラエル経験で得たものを紹介したい。


研修参加者全員(右から5人目中辻さん、右端男性畠山さん)

イスラエルでの2週間の研修概要

基本的には起業家、投資家、アクセラレーションプログラムのメンターなどの講師による講義が毎日あり、最終日には投資家等20名ほどの参加者を前にして各自が自らの事業について発表をするという内容であった。講義の内容は、


What investers look?
Sales & Business Development Workshop
Cash driven business model and financial plans


など幅広いものだった。また、講義といっても一方通行で講師の話を聞くのではなく、例えば財務のプロが講師である場合は、研修生が自らのプロジェクトの財務状況や将来計画をプレゼンして、それに対して講師からフィードバックをもらうというような双方向でのディスカッションが基本であったようだ。


講義風景

全体を通して、最終日のピッチでより効果的な発表ができるように、各自の計画やプレゼン内容・プレゼン資料を様々な角度から見直してゆくような講義の進め方であり、中には自分のプロダクトについて説明をすると、講師が“僕ならこう説明をする”というようなモデルとなるプレゼンをしてくれる講義もあったという。研修生は講義で得たものを自らの資料に落としこむような作業を毎晩行った。


また、講義と講義の合間にスタートアップの方々が来て、自分の経験を紹介したり議論をするセッションもあり、全体に極めて実践的なプログラムとなっていると理解した。


これらの講義だけでも大変密度の濃い内容だが、多くの研修生がすでに起業していることもあり、日本時間が始まるイスラエルの深夜になると、自分の会社との打ち合わせや大学の課題の作業をするなど、ほぼ24時間フル回転となるような2週間を過ごしたという。若い学生だからこそ出来た経験かもしれないが、それだけではなく週末(金曜、土曜)はエルサレムや死海への観光もあり、異文化を楽しむ経験もできたようだ。


講義風景
講義風景

畠山さんの体験

研修参加時は修士1年であった畠山さんは、2019年に動画編集ソフト向けプラグインを提供するレイワセダ株式会社を創業している。畠山さん自身も過去に3年ほど音楽や動画の編集をした経験があり、その中からクリエーターが直面する面倒な編集作業に課題を見出し、その効率化を可能にするプラグインソフトを開発した。既に大企業顧客も獲得していて、一歩先のフェーズを走り始めている起業家である。その意味でも今回の実践的な研修プログラムには価値を見出したようだ。中でも印象に残っているのはある投資家の“プロダクトの紹介だけではなく、そこに自分のストーリーがあると良い”という指摘だったそうだ。


シリコンバレーなどで良く言われる“エレベーターピッチ”(投資家と乗り合わせたエレベーターの数秒間の間に投資家に自社・自分を売り込む)でも、投資家はプロダクトの説明内容は覚えていなくても起業家の“ストーリー”は覚えているそうだ。起業初期段階では、売上のような客観的・定量的に評価できる数字を持つスタートアップは殆どない。だからこそ投資家には起業家本人を評価してもらうことが重要であり、なぜその仕事をやっているのか? なぜその仕事は自分にしか出来ないのか? などの起業家の「想い」を伝えられるかどうかが鍵となる。


畠山さんは、自らの経験をもとに課題を発見し解決策となるプラグインを開発したわけで、まさにストーリーのある起業家として評価されたようだ。また、Techstarsというアクセラレーターでメンターをやっている講師の講義も大変参考になったという。研修生が自社のビジネスやプロダクトを講師に説明し、ひとたびその内容が理解できれば直ちに講師がプレゼン資料を作成し、自分ならこのように話をするというデモを見せてくれたそうだ。どちらのケースも“顧客や投資家といかに効果的なコミュニケーションを実現するか”という点で極めて重要な学びを得たようである。


期間中は用意されたプログラムとは独立に動いても良かったようで、畠山さんは一日講義をスキップしてワイツマン科学研究所へ見学に行った。元々航空宇宙の専攻であるため、ワイツマンで太陽系外の天体を研究している科学者に会いに行き、研究の環境や進め方を見学した。またそこから他の面白そうな研究をしている研究者も紹介してもらったそうで、アポ無しで3人の研究者と会うことができた。


ワイツマン研究所
ワイツマン科学研究所

ビジネスとは別に、早稲田大学大学院の後は留学も視野に入れているそうで、現場を見る機会はとても参考になったという。その意味でも充実した2週間だった。実は畠山さんは昨年の本研修のオンラインプログラムにも参加しており、オンラインとリアルとの差も実感した。講師のアドバイスを得るにもオンラインの画面越しの“言葉”と、現場の雰囲気の中で講師が強調したいことを“肌で感じる”ことの差は大変大きいと実感したそうだ。対面の重要性が理解できるエピソードである。


取材の最後に今後の事業展開計画についてもお話を伺った。前述の通り、レイワセダは既に大手企業顧客を獲得しているが、そこに至る経緯が大変興味深かった。畠山さんは本プログラムコーディネーターでもある理工学術院朝日教授の大学の授業を受けており、CIC東京というスタートアップコミュニティが主催する“ロケットピッチナイト”というイベントへの参加を教授が推薦してくれた。畠山さんはそのプレゼンコンテストで優勝し、副賞でCICを半年間利用する権利を獲得した。CICはボストンから始まったスタートアップのコミュニティで、様々なサービスが利用できるシェアオフィスを基盤として、そこに集まる起業家や投資家とのネットワークが構築できるグローバルなコミュニティである。そこで知り合った人がTechBizという経産省のアクセラレーションプログラムのコーディネーターと繋がりがあり、その人の推薦をもらってテックビズに応募したところ見事採択された。その結果、InterBeeという映像や放送の展示会に出展することができ、多くの来訪者と名刺交換をするなかで最も興味を持ってくれたのが現在の顧客企業であり、パイロット的なプロダクトの利用へとつながった。実際に彼らから多くのフィードバックも得て、共同開発プロジェクトなども展開していく見込みである。まさに“一歩踏み出す”ことの重要性と“人のつながり”の重要性が理解できる大変良いストーリーである。


畠山さんの発表
畠山さんの発表

中辻さんの得たもの

中辻さんは、アーティストが自分の好きなものや分野を表現して同じ嗜好の人々とつながる事ができるSNSアプリを開発している。まだ開発の途上なので、プロダクトやビジネスモデルの詳細は控えるが、彼も大変アクティブに活動している学生起業家である。というのも、昨年9月に既に前述のTechstertersのアクセラレーションプログラムに応募して採択されており、今回の講義で聴いた多くの内容が既にTechstertersで学んだ内容に近かったそうだ。


Techsterters参加の倍率は大変高く、採択されるのは容易なことではない。中辻さんは親の仕事の関係で小学校・中学校とオランダで生活し、帰国後もインターナショナルスクールに通っていた。そのため英語でのプレゼンテーションやコミュニケーションには苦労することはなく、起業のような活動は高校生のころからやってきたそうなので、Techstertersに採択される素地も備わっていたと考えられる。それでもなお大変な実力であることは間違いない。


発表会
発表会

そのような背景もあり、今回の研修機会では講義だけではなく、興味のあるイスラエルの企業や人にコンタクトすることに力点を置いたそうだ。LinkedInなどを使って興味がある人にコンタクトしたところ、思ったよりも多くの人からの返信が来て「会いにおいで」と言ってもらえたことに驚いたという。多くの返信が得られたのも、Techstertersの出身者であるという事実が有効に作用している故だろう。畠山さんの場合もCICでのピッチコンテストに参加したことから次々に繋がりが生まれているが、中辻さんもTechstertersという高い山に挑戦したことがその後につながっていることは間違い無い。起業家にとって行動を起こすことの重要性を示すエピソードではないだろうか。


お互いのスケジュールの都合もあり、返事を得ても実際に会えた人には限りはあるが、それでも面識の無い人々に会うことが出来たという経験から得たものは大きかったようだ。中辻さんも二週間の研修機会を十分に活用したと言える。


中辻さんがイスラエルで得ようとしていたのは、グローバルアプリを開発する時の注意点だそうだ。音楽や絵画などのアートに国境はないので、中辻さんは最初からグローバルに展開できるアプリの開発を前提としている。そのため、イスラエルの起業家にはローカル市場を狙って開発することと、グローバル展開を狙って開発することの相違や注意点を聞いてみたかったそうだ。しかし、イスラエルの起業家は最初からグローバル志向であり、その問題認識自体がピンとこなかったこともあったようだ。ただ、多くの人と会話して得た視点としては、グローバル展開に向けてはプロダクト自体よりもそれを開発するグローバルなチーム作りが重要だろうという点である。様々な文化的背景を持つ人々からなるチームが協力して開発するのであれば、アプリのUIなどで考慮すべき異文化への対応方法も自ずと見えてくるからである。


発表会
発表会

中辻さんが多くの人々と会って認識した日本人とイスラエル人の相違点の一つは、イスラエル人は一人の中に複数のアイデンティティを持っていることではないか、と言う。親の出身や、宗教観の相違、また国へ貢献する使命感と個人の欲望とのバランスなど、一人の個人の中に様々なアイデンティティがありそれぞれがぶつかることもある。それがイスラエル人のエネルギー(強さ)になっているのではないかと感じたそうだ。“多様性”がイノベーションを起こす主要な要素であると良く言われるが、個人の中に内在する多様性というのも大変おもしろい視点である。単一民族であり社会規範としても協調性が意識されやすい日本人との違いとして注目すべき点かもしれない。


取材を終えて

今回、二人の取材を通して気がついたことは二点ある。一点目は、ふたりとも行動力があり、その行動の中で見つけた機会を上手く捉えていることだ。何事にも慎重で意思決定にも時間がかかると言われている従来の日本人像は少しずつ変わってきているのかもしれない。二点目は、ふたりとも海外の人が認識している“日本の良さ・強さ”を素直に受け止めていることだ。


“失われた30年”を通して、日本のメディアの中では、特に政治や経済の領域で日本を卑下し海外を称賛する“出羽守”が多い。ナショナリズムを否定的に捉え、海外を称賛するような論考を通して「自分は本質を理解して警鐘を鳴らしている」というポジションを取る言論人の作り出す“雰囲気”に惑わされることなく、若い人が自らの強みや自国の良さを認識し、健全なナショナリズムを発揮することは国の成長力となることは間違いないだろう。その意味でも、二週間という短い期間ではあったものの、若い挑戦者がイスラエル人のフツパと接したことは肥やしになるはずである。このプログラムがそのような機会として更に発展することを願う。