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【連載】中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代 Vol.07

by Miho Nibe Messi |2022年04月25日

連載】中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代バナー

アリヤーの10年間による栄華とグローバル化の新たな課題

1948年のイスラエル独立宣言から2年後の1950年、イスラエル国外に住むユダヤ教徒のイスラエルへのアリヤー(移民)を認めるイスラエルの法律「帰還法」が制定された。以来現在までにイスラエルに流入した移民は330万人となるが、そのうち100万人が旧ソビエト連邦からの移民であり、人口比は約20%となる勢いである。本章では今やイスラエル国内での一大勢力となりつつある、旧ソビエト連邦からの移民に焦点を当てる。


旧ソビエト連邦からの移民
(Photo: MILNER MOSHE, 03/25/1971, Government Press Office

過去最高の移民の波が押し寄せた2010年代

2009年のイスラエルへのユダヤ人移民は前年比17%増となり、2000年代初めて増加に転じた。イスラエル・ユダヤ機関(※1)によると、2008年の1万3869人に対し、2009年には1万6244人がアリヤーしたという。2010年代にはその数は激増し、150カ国から25万人以上のオリム(※2)がイスラエルに移住した。特に2019年の移民数は3万4千人を記録し、それまでの最高記録であった2015年より3千人以上多く、2018年より3千5百人多かった。


この10年間にイスラエルに流入した移民の半分以上となる約13万人が、旧ソビエト連邦からの移民となり、次いでヨーロッパから5万5千人以上(うちフランスから3万8千人以上)、米国から約3万2千人、ラテンアメリカから1万3420人(うちブラジルから約4320人、アルゼンチンから約3150人)、エチオピアから約1万500人、カナダか3800人以上、南アフリカからは約2560人、オセアニアから約1950人となっている。またユダヤ人庁によると、その他の中東諸国やイスラエルと国交のない国からも約3,000人、インドから1,200人、中国と香港から190人がイスラエルに移住した。


イスラエル空港内の様子

旧ソ連系移民の特徴

1990年から1996年にかけてのロシアからのユダヤ人流出の主な要因は、ソ連、そしてそれに続くロシアの経済崩壊である。ソ連の崩壊とそれに続く国外移住はサプライサイド・ショックでもあり、イスラエルへの大規模な移民流入の引き金となった。


1990年代のソ連からの移民が人口に占める割合は14.5%であった。彼らの平均家族サイズは2.32人と、全国平均の2.64人より小さく、高学歴であった。またソ連からの新移民の平均学校教育年数が14.0年であるのに対し、全国平均は13.3年であり、新移民の世帯主のうち41.1%が学士号を取得しているのに対し、全国平均は29.5%であった。


学士号取得のイメージ

移民の力による未曾有の成功

教育水準が高く、家族規模が小さいことが、移民と全国平均の所得格差を説明できると考えられる。新移民の標準的な一人当たりの平均労働所得は全国平均に対し約5%高く、また旧ソ連から移住してきた両親を持つユダヤ人の第2世代は、他のすべての民族に比べて収入上昇率が高かった。こうして国内の生産性を高め、技術力を支えた旧ソ連出身者の移民の恩恵を受けて、イスラエルのハイテク産業のイグジットは2010年代に800%、輸出は160%もの増加を記録したのだ。


イスラエルハイテクスタートアップが多く入るアズリエリタワー

グローバリゼーションの代償

一方移民の流入は、イスラエルの福祉における所得不平等と再分配に大きな影響を与えたため、1990年代のソ連系ユダヤ人のイスラエルへの異常な数の流出は、現在のグローバル化に関する次のような議論に直結している。


不平等

世界経済への統合と高い技術を持つ移民の流入によって促進されたイスラエルの急速な発展は、市場ベースと再分配ベースの両方のジニ係数(※3)で測定される所得不平等の拡大という代償を払ってきた。再分配所得ジニ係数は1989年に上昇し始め、2001年まで上昇し続けた。これは、ソ連からの移民の波が押し寄せた後、10年以上にわたって所得の再分配が低下していたことを意味している。


移民と政治システムの変化

移民は、民族間・経済階層間・年齢層間の政治的バランスを変化させることもあれば、大規模な政治的反発を引き起こすこともある。イスラエルでは、政治的な反発は穏やかであるが、政治的なバランスの変化はより大きい。イスラエルの帰還法は帰還民に即時市民権を与えるため、その結果、移民は選挙権も得ることができる。ソ連からの熟練労働者の流入が労働力全体の生産性を高め、その結果既存の再分配政策に対応するために必要な税収も増加した。しかし高所得で熟練した有権者の割合の増加によって引き起こされる政治連合が、この再配分推進勢力に対抗し、既存の再分配体制が覆された。


ブレグジットは、反グローバリズムとポピュリズムの台頭が先進国を襲った最初の例となったのかもしれないが、イスラエルの移民問題はその反例を示しており、グローバリゼーションはこれまで以上に厳しい政治的試練に直面している。


※1:JAFI、移民を担当する政府機関。

※2:イスラエルに移民してきたユダヤ人を指す。

※3:主に社会における所得の不平等さを測る指標。0から1で表され、各人の所得が均一で格差が全くない状態を0、たった一人が全ての所得を独占している状態を1とする。


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