ホーリーシティのリブランド?ハイテク都市エルサレム
エルサレムは紀元前30世紀頃に築かれた世界最古の都市のひとつで、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であり、現代イスラエル最大の都市である。イスラエル人のみならず、世界中の多くの人にとって精神性と歴史、そして神聖さの象徴であるこの街は、複雑な人口構成による問題も抱え続けてきた。
ハイテクとコンテンポラリーの街、商都テルアビブは中東のイノベーション・リーダーとしてその地位を確立したが、エルサレムにもハイテクエリアが存在し、今世紀に入ってから特にテクノロジーの創造、スタートアップへの投資、社会的・都市的イノベーションの促進に力が注がれたことはあまり知られていない。そんな「テクノロジーシーンの新星」エルサレムの近年の成長の様子を追う。
現代エルサレムの抱える問題
日本人にとってのエルサレムは、旧市街地、三大宗教の聖地、時折宗教的な小競り合いがニュースになる街というような理解ではないだろうか。約90万人の人口を擁する同市は、イスラエル最大かつ最貧の都市であり、主にユダヤ教の超正統派とアラブ人、世俗的なイスラエル人により構成される多くの複雑な問題を包括する街である。
ここではそれらの問題には触れないが、現実に住民が直面する他の問題としては、人口の割に少ない就労機会、不便な公共交通網とダイレクトに「住」に関連するものが多く、同市は慢性的な人口流出に悩まされていた。毎年何千人ものエルサレムの住民が、より良い生活の機会を求めて街を離れ続けており、そのうちの多くがテルアビブや、現在国内で活況を呈する技術センターを持つ衛星都市に移動している。イスラエル中央統計局の統計によると、実際に2019年だけで2万人の住民が同市から流出した。
街のリブランド計画が進行中
イスラエル、およびエルサレム市はその傾向を食い止め、更にエルサレムがイスラエルのハイテク主要都市となることを望んでおり、税制上の優遇措置や、(テルアビブと海岸地区から見た)エルサレムへの正面玄関である地域を改善・開発するためのエルサレムゲートウェイプロジェクト(※1)等、多くの施策を講じている。プロジェクトに参加する企業は特別助成金と、税制上の優遇措置を受けることとなり、その中にはハイテク企業へのインセンティブが含まれている。実際エルサレムに拠点を置くすべてのハイテク企業は、テルアビブやその他の中心部の都市と比較して、税金が50%も割引となる。こうしてスタートアップを誘致し、住民の慰留に役立つインセンティブを政府が提供することで人口の流出を食い止める計画だ。
エルサレムのハイテクエリア
Har-Hotzvimハイテクパークはイスラエル国内の主要ハイテクセンターのひとつで、IntelやTeva、Cisco、Ophir Optronics Solutions、Medinol、BrightSource、Mobileye、Lightricks、Rafa Laboratories、Omrixといった、業界最高の主要国際企業とイスラエル企業が集まっており、さらに中規模ハイテク企業と小規模スタートアップの本拠地にもなっている。
パークは主要な交通網に至近の便利な場所にあり、エルサレム外からのアクセスも快適であるため、現在はエルサレム市内のみならず、テルアビブとその近郊都市やモディインからも従業員を集め、パーク内では約9,500人が働いている。さらなる開発と拡張の計画があり、今後数百のハイテク企業により約15,000人の雇用が創生される予定だ。そのプロセスの一環として、今後数年間で20ヘクタール以上のスペースに20のタワーが新設され、歩道や景観のアップグレード、カフェ、2つの新しい道路、地下駐車場を備えたレクリエーションプラザの建設、幼稚園などの商業サービスの提供を開始し、従業員や企業のニーズに対応している最中だ。
エルサレムの新しい顔
エルサレムはヘブライ大学とベツァルエル美術デザイン学院を含む、高等教育機関が6つもある学術都市であるにも関わらず、そこで育まれた才能は街に留まることなく流出していた。これを食い止めるため、2012年に政府はエルサレム開発局を開設しエルサレムのハイテクに投資することを決定し、成長に不可欠なオフィススペースや動線の確保に注力してきた。
同年のエルサレム市内のスタートアップ数は200未満で、活気に満ちたシーンには程遠かったが、2017年のスタートアップ数は450に達し、開局以来5年間で100%以上の増加を見せた。現在エルサレムは、新しいアイデアやプロジェクトを試す「ベータサイト」としても機能し、その存在感を益々強めている。最後に、2010年代に示された多くの成功例のうちいくつかをご紹介したい。
エルサレムで最も有名なスタートアップは、独自のチップセットとアルゴリズムによる特有のビジョンベースを基盤にしたADAS(先進運転支援システム)を駆使し、衝突防止・軽減のためのアラートを提供するMobilEyeだ。創設者のアムノン・シャシュアは、ヘブライ大学で機械学習と人工知能を教えていた研究者兼教授。2017年、米インテルによって153億ドルで買収された。
またヘブライ大学で機械学習と画像処理を学んでいた4人の学生により、2013年1月に設立されたLightricksは、エルサレム生え抜きのスタートアップだ。主にセルフィー編集アプリ「Facetune」で知られる動画と画像編集のモバイルアプリを開発し、その成功後もエルサレムにとどまることを決め躍進を続けている。2021年の時点で同アプリは5億回以上ダウンロードされている。
※1:新しい都市間高速鉄道の駅近く、エルサレム市西側の入り口に位置する