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BUSINESS

【連載】中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代 Vol.01

by Miho Nibe Messi |2022年01月31日

イスラエル、アズリエリセンター

毎年多くのスタートアップが誕生し、世界から注目を集めているスタートアップ国家イスラエル。日本企業によるイスラエル企業への投資やイスラエルでの法人設立など、日本とイスラエルのビジネス関係は勢いを増すばかりだ。つい先日も、日本からイスラエル企業への投資額が2021年、過去最高の29億4500万ドル(約3400億円)となったという発表が出された。しかしイスラエルがこれほどまでに世界で注目されるようになったのは、比較的最近のことであることを知っている人は少ないのではないか。本連載では、イスラエルが中東のシリコンバレーとして世界から注目を浴びるまでの、激震の10年間の歩みを紐解く。


従来のイメージから脱却し、進化を続けるイスラエル

日本人にとってのイスラエルのイメージといえば、まだまだ「三代宗教の聖地、砂漠、紛争地帯」といったステレオタイプの域を出るものではないのかも知れない。しかし、近年ではハイテク系有名企業がその開発本部を置いたり、多くのイスラエル発ソフトウェアやオンラインサービスが普及したことにより、イスラエルは「中東のシリコンバレー」の名を縦にしている。また革新的なイノベーションやアート、コロナ禍においては世界でもいち早く国民がワクチン接種を受けたことでもその名を知られるようになり、その実態は「中東の危険な紛争地帯」といった従来のイメージから乖離し、大きく変遷している。


イスラエル・ハイファのgoogleオフィス

筆者は2010年初頭よりテルアビブに移住し、オンライン金融業界でのマーケティングマネジメント、ハイテク企業でのアナリストやメディアマネジメント等を担当しながら、文字通り右肩上がりで今も続く高度成長期・バブル期のイスラエルのハイテクビジネス界を目の当たりにした。お陰ですっかり日本企業よりイスラエル企業で働く方が気が楽な性分となってしまい、2021年秋より日本で生活をしながらイスラエルの仕事を続けている。本連載では筆者が彼の地で過ごした2010年代を振り返ることで、現代イスラエルについての理解の一助となればと思っている。


国土基本データ

イスラエルはアラビア半島とアフリカ大陸の付け根に位置する地中海東岸の国で、面積は2.2万平方キロメートルと四国程度。国境の北側をレバノンとシリア、東側をヨルダン、南側をエジプトと接し、国土の7割が砂漠地帯である。敵国であるアラブ諸国に囲まれた陸の孤島のイメージが強いが、2020年9月の歴史的なアブラハム合意(イスラエル・UAE国交正常化合意)から周辺アラブ諸国との連携が強まり、同年末までにバーレーンとスーダン、モロッコの3カ国がその動きに続いたことにより、地理的な脅威も低下している。


ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地とされており、特に有名な聖地エルサレムの旧市街にある神殿の丘の城壁や遺跡群には嘆きの壁、聖墳墓教会、岩のドームなど重要な史跡が密集している。南部には、その濃い塩分濃度による浮力と、海抜マイナス400 m超の地上最も低い場所にあることで有名な死海や、直径40キロの世界一大きなクレーター等を抱く雄大な砂漠地帯が広がる。


イスラエル死海

世界一生活費が高い「商都」テルアビブ

テルアビブは、バウハウス建築や地中海のビーチ、歴史的な建造物と都会的かつ個性的な街並みのコントラストが美しいリゾート都市であると共に、世界中の投資家が熱視線を送るハイテクパーク「シリコン・ワディ」の中心地でもある。人口当たりの VC(ベンチャーキャピタル)の投資額は2位以下を大きく引き離して世界1位かつ、研究開発費の対 GDP 比も世界トップと、まさにスタートアップ・ネーションの呼び名に相応しい規模である。一方、物価は極めて高く、エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)がまとめた2021年の世界で最も生活費の高い都市ランキングで、テルアビブが香港とシンガポールを抜き、昨年の5位から初めて首位に立った。EIUによると、テルアビブが首位となった主な要因は、通貨(シェケル)の上昇と食料品や交通費の値上がりだという。実際2010年代の10年間テルアビブに住み、そこから海外旅行に行ってもテルアビブ以上の物価高の街にお目にかかることはなかった。


テルアビブの街なみ

人口とその民族別内訳

イスラエルの人口は急増しており、現在の総人口は約935万人と過去30年で倍増している。最も人口の多い都市はエルサレム市(約85万人)、次いでテルアビブ市(約45万人)、ハイファ市(約30万人)と続き、2019年の合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子供の数に相当)は3.01(日本は1.36)と、先進国の中では最多を誇る。ユダヤ人の国というイメージが強いが、民族別人口の内訳はユダヤ人約74%、アラブ人約21%、その他約5%となっている(2020年4月イスラエル中央統計局)。


対日感情と日本との関係

ところで、あまり知られていないがイスラエルは親日国である。イスラエルに住む日本人は約1,200人と極めて少ない上に、日本との国際交流の歴史の長い欧米諸国に比べて、一般に日本と日本文化への理解度はまだまだ低いものの、現代イスラエルと日本の関係に立脚した感情というよりは、杉原千畝の功績をはじめとするユダヤ人と日本人の歴史的な交流と、インターネットの普及により日本に関する多岐に渡る情報が簡単に得られるようになったことが主な理由だと思う。しかし、実は先の安倍首相時代の対イスラエル外交はイスラエルでは高く評価されており、またイスラエルに投資する日本企業数も順調に増えている。コロナで2022年まで延期となってしまっているが、2020年3月に予定されていた東京直行便の就航前は、イスラエルの有名ミュージシャン2人が日本を旅し、紹介するテレビ番組が約2ヶ月に渡り毎週放映された。CMには東京事変の「キラーチューン」が採用され、テレビから唐突に流れる椎名林檎の歌声に驚かされたことを思い出す。


約930万人という人口の割に日本語話者も多く、またバケーションや留学先に日本を選ぶ人も年々増えている。訪日イスラエル人数は2014年には2万人に満たなかったが、2019年には4万5千人に迫り、(コロナ以前の)過去5年で文字通り倍以上の増加を見せた。実際コロナ前の数年間は日本帰省時に観光地を訪れると、必ずと言っていいほどヘブライ語での会話が聞こえることにその数を強く実感したものだった。


以上、イスラエルという国の現状についてざっと説明したが、次回以降は「建国以来最高の繁栄を記録した」2010年代のイスラエルと、ハイテク業界にスポットをあててお話したい。


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