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BUSINESS

【CALCALIST イベントレポート】イスラエル企業は日本市場を狙え

by 新井 均 |2023年06月09日

5月30日に経済紙「カルカリスト」とイスラエル・ディスカウント銀行とが主催するビジネス・カンファレンスが都内で開催された。主催者がつけたイベントタイトルが“The Land of the Rising Sun Meets The Nation of Rising Innovation”と、何ともイスラエルらしくツッコミどころ満載だが、その議論は別の機会に譲るとして、まずイベントの概要を紹介したい。



(イスラエルらしくなく)9時オンタイムに始まった岸田首相のビデオメッセージから、スタートアップ16社によるピッチが終わる17時過ぎまで、累計50人以上の多彩なゲストが次々に登壇し、プレゼンテーション、パネルディスカッションという形で、日本とイスラエルとの連携を通して新たな機会の創出を目指そう、と意見を述べた。参加者もざっと400〜500名ほど、その約半数はイスラエル人だったのも驚きの一つである。日・イコラボレーションの意義については、2015年以来既に多くの機会で語られており、実際2015年には$221Mだった日本からイスラエルへの投資額は、2021年には$2,945Mと10倍以上に増えている。日本国内でのスタートアップ大国イスラエルに関する認知も広まっており、順調に日本企業による投資や協業が増えているなかで、今更“日本とイスラエルのビジネス連携を促進する”イベントでもないのでは、と正直思いつつ参加したのだが、参加して判ったのは、これは日本企業向けではなく、東京で開催されながらイスラエル国内に向けたイベントなのであるということだ。すなわち、イスラエル企業にとって日本はビジネスチャンスの多い挑戦すべき市場であること、そのために、既に知られている両国の文化的ギャップや障害をどのように乗り越えるべきか、という点について、登壇者が(主にイスラエル企業に向けて)発信していたのである。


従来のこの種のイベントではイスラエル技術の先進性、イスラエルへ投資する価値、を日本企業に訴えるものが殆どだったが、イスラエル人自身が日本市場のビジネス価値をイスラエル企業へ向けて説く、というのは新しい流れが始まったと受け止めた。CALCALISTは同様の国際会議をアメリカやヨーロッパでは開催してきているが、日本では今回が初めてとなる。国内にほとんど市場がないイスラエルでは、企業は最初からグローバル・マーケットを狙う。ヨーロッパ、アメリカを狙うのが彼らの定石だが、そろそろその常識を捨てて次のターゲットとして日本も狙うべきだ、というメッセージであり、多くのイスラエル人が現地からその意義を発信することにメディアの意気込みが伺えた。イスラエル企業が活躍する市場が拡がれば、イスラエルメディアの活躍の場も拡がるのである。実際、彼らのCTECHというハイテクニュースのメディアで、各セッションの詳細は直ちにレポートされているので興味のある方はそちらも参照してほしい。


休憩なしのプログラム

プログラムタイムテーブルについては、英語だが冒頭のリンク先サイトを参照していただきたい。開催順に各セッションの主なポイントを述べる(日本人の名前は姓で、外国人の名前は名で記載、敬称略)。


Navigating the Business Landscape of Japan & Israel 

パネリストである富士通のVivek氏、東芝の森氏、電通の青木氏は、それぞれイスラエル企業への投資・協業実績があり、自らの経験に基づく課題やノウハウについての知見(既に広く語られている日本企業の遅いスピードやイスラエル企業の安請け合い、など)を解説した。キャシー松井氏は少し高い視点から、未だにジェンダーアンバランスな日本企業や人口減が不可避の日本が、女性経営者が多く人口も増加しているイスラエルから学ぶことがある、という指摘をし、アリスタゴラのAnat氏は軍の教育システムの生み出すクオリティについて述べ、共に両国が若い人の交流を促進する意義を説いた。


Money in Motion:  Exploring the Role of Innovation in Shaping the Finance Industry

このパネルで議論されたのは、フィンテック分野での日本市場の可能性である。日本で長く生活しているNeta氏は、無人販売所や無人駐車場に置かれた「料金箱」の写真を紹介し、キャッシュレスにはまだ遠い道のりがある日本社会の特徴を紹介したのが印象的だった。GMOの三谷氏は、日本での様々な支払いに対応するAPIを提供しているGMOペイメントゲートウエイを紹介し、イスラエルのフィンテック企業が日本市場に参入する時に利用できること、金融庁の牛田氏は、規制のイメージが強くて評判の悪い役所だが、金融庁はハンズオンサポートも提供しており、敵ではない、と説明するなど、日本のFintecはイスラエル企業のOpportunityであることを紹介した。



Open Innovation for a Sustainable Future -IOWN

IOWAN(Innovative Optical and Wireless Network)は、光技術を核としたNTTの新しいNW構想である。NTTの岡氏は構想の全体像を紹介したあと、その実現に向けてインテルやソニーなどとグローバル・フォーラムを設立していることを説明した。NTTだけでは具体化できないIOWNには、オープンイノベーションが不可欠であり、同フォーラムには既にイスラエルからも2社が参加している。岡氏はさらなるイスラエル企業の参画も促した。



Disruptive Technologies and Their Impact on the Global Economy

チャータードグループのEyal氏が竹中氏に、主にAIのもたらす革命について質問する対話構成。特に目新しい視点はないが、イノベーションやリーダーシップについて竹中氏らしいわかりやすい解説があった。


The Evolution of Mobility:Enriching Lives Through Movement

森ビルの竹田氏とVia日本代表の加藤氏が、両者の出会いから現在に至る経緯を紹介。時間がかかる都市計画・都市交通の課題解決を担う典型的大企業が、ほとんど実績のないベンチャーと2年でパートナーシップを結ぶに至る秘訣は、“互いのビジョンの共有”であったとのこと。



Above the Skyline: The New Experience of Aviation

カルカリストのAdrian氏がエルアルCEOのDina氏に、COVID-19の影響、今後のストラテジーなどを聞く。顧客がトリップアドバイザーなど色々なツールを使うことなく、エルアルサイトがワンストップサービスを提供できるようにしたい、との考えを示した。


Technology in the Security Service

安全保障庁元長官Nadav氏と空軍元将軍Amikam氏という大変興味深いパネルだったが、MCの紹介時にヘブライ語でセッションが行われることを突然告知され、同時通訳レシーバーを入手するまで内容が把握できなかった。レシーバー入手後に理解したのは、イスラエル安全保障にとって如何に技術が重要であるか、でもなお大切なのは最終的に決断する人間であるということ。今後はビッグデータとAIが世界を変えてゆく、例えば、一人のパイロットが4機の飛行機を操縦できる、などの展望が紹介された。日本とイスラエルとの共通点は技術が国を守っていること。



Gameon: The Power of TikTok

事前のプログラムにはなかったセッション。イベントスポンサーのTikTokがそのポテンシャルをデモで紹介。


Tiny Clinics on Human Body 24/7

テクニオンのHossam教授による新技術の紹介。若者が使うタトゥーシールのように手首に貼るバイオセンサーで、マイクロニードルが印刷されている。24時間体から色々なデータを取得し、AIで本人の過去のバイオデータと比較分析することで、病気につながるような問題を予知することが可能な“微小クリニック”。1枚1ドルから1.5ドル程度のコストだそう。


The Medical Ai Roadmap

Beilinson and Hasharon Hospitals CEOのEytan氏による、病院におけるイノベーション、14要素あるうち、①イノベーションHUB、②インハウスAI、③ビデオデータ という3要素の紹介。カメラで患者をモニタし、手の動きなどをAIで解析することにより、脳卒中の予知をするなど、興味深い事例紹介。単に医療だけではなく、AIによる異常検知を病院内の清掃の効率化にも活用しているとのこと。



From Whisky to Digital Health

安東氏は、サントリーはポリフェノールの研究などを進めているバイオ企業だが、今後はディジタルヘルスを指向するとのこと。CES2023ではスマホで腸の音を解析するGut Noteという技術を展示したことを紹介。


The Past of HealthCare Becomes the Future of HealthTech

オムロンの井上氏とピタンゴのJonathan氏が、イスラエルのスタートアップと共に働くメリット、イスラエルのアドバンテージ、今後コラボを志向する人々へのアドバイス、を紹介。


The View from the Top: Insights from Japan's Economic News Leader

日経の奥村氏は、日本の株式市場のポテンシャル、今後の懸念などを解説。二国間関係は相補的であり、イスラエルに関しては、拙訳“ISRAEELI のビジネス文化”で紹介したオスナットのISRAELIモデルにも言及。


Breaking Conventions: Between Conservatism and Innovation

駐日イスラエル大使館経済公司のダニエル・コルバー氏がMCとなり、日本の保守性とイノベーションとの共存についてパネリスト各氏の意見を聞く。ATパートナーズ秋元氏は、イスラエルが農業や医療などの伝統的な分野を革新したことに触れ、ConservatismはInnovationのプラットフォームでもあると指摘。Hailo CEOのOrr氏はタルピオット卒業生のようで、軍からのスピルオーバーで技術が生まれていることを紹介するも、鍵は軍そのものではなく、そこで醸成されている雰囲気だとのこと。アメリカで育った杉原氏は教育システムが日本人のコツコツ精神に影響していることを指摘。



Cities that Drive Innovation

スポンサーでもある森ビルの森氏は、地権者との議論に17年を掛けた六本木ヒルズの開発事例を紹介し、合意形成に時間を掛けても完成後それ以上の価値が生まれていることを解説。


The Future of Japan’s Healthcare

飛び入りで加藤厚生労働大臣が駆けつけ、イベント開催への祝辞を述べた。


Cross-Cultural Investments : Opening

Mpower Partmers村上氏は、日本とイスラエルほど文化の違いの大きな国を探すのは難しいが、それは2国間協業が困難であることを意味しない、と指摘。「違い」がお互いを強くする、互いに相手から学ぶことができる、と協業の意義を強調した。



Unlocking the Potential: Investment Strategies for Successful Israel-Japan Partnerships

NTTイノベーションラボイスラエルCEOのNoa氏がモデレーターとなり、二国間の協業のポテンシャルを説くパネルディスカッション。VertexのDavid氏は互いの違いを理解することかスタートであること、USBドライブを開発したDov氏が東芝とJVを興した経験など、多角的な視点から相互理解の重要性を説く各パネリストの話は大変興味深かった。Dov氏は1度の訪問や1度のディナーで結果が出るとは思うな、最も重要なことは“ゆっくり話すこと”だ、と会場を笑わせた。Harel-HartzのElchanan氏は日本には大企業だけではなく意欲のあるSMBが多くいること、彼らの意思決定は迅速であること、も紹介し、日本企業は意思決定には時間がかかるかもしれないが、ひとたび決定すれば実行は早い、一方、イスラエル企業は迅速な意思決定をするが実行が伴わない、とも語った。おそらく最も会場を湧かせたのが至善館大学学長野田氏の「日イ協業は結婚のようなもので、同じベッドで寝て互いに違う夢を見ている」というコメントであり、良い関係構築のためには、“Pacience”、“Comittment”、”間違えたらすぐに謝り、常に感謝をする”、の3つの秘訣を紹介した。結論はやはりコミュニケーションの重要性である。



Build The Dream Team: : Unlocking Success in Japan

最後のプレゼンター、ミリオンステップスの井口氏も、「ファミリー」となることが協業の成功への道であることを指摘した。


最後に16社のスタートアップが4分ずつ大変興味深いプレゼンを行うセッションがあったが、これは別の機会に紹介したい。


互いの違いを理解し、コミュニケーションの重要性が語られたイベントだったが、冒頭触れたイベントタイトルの違和感に加えて、事前告知とはプログラムの順番が変わったり、発表が英語ではなく日本語だけ、ヘブライ語だけのセッションもあり、それも始まるまでわからない、など、まだまだイスラエル人は日本人の理解が不足しているという印象も受けた。内容はイスラエル向けのイベントだが、東京で開催することにより来日した200人を超えるイスラエルビジネスマンは本イベント参加に加えて多くの日本企業とのビジネスミーティングもこなすと同時に、エルアル直行便のビジネスも支えた。このパワーはまさに我々日本人が学ぶべき点だろう。 日本企業の投資同様にイスラエル企業の日本市場参入が増えるか楽しみだ。