テキスタイルから家具、プロダクトまで、領域を越えて活動するイスラエルの若手デザイナー、Ann Shtrit アン・シュトリット。「デザイナーなら、なんだってデザインできる」。その言葉を体現する、彼女の自由なクリエーションを紹介します。

デンマークとモロッコ、二つの文化から生まれたデザイン
アンのクリエーションを知るうえで欠かせないのが、イスラエルを代表するデザイン教育機関、シェンカーの卒業制作「Movement of the Soul(心の動き)」です。
テーマとなったのは、デンマーク語の「Hygge ヒュッゲ」。日々の暮らしの中で感じる心地よさや温かさ、満ち足りた時間を表す言葉です。

アンは、デンマークとモロッコ、二つのルーツを持つ家庭で育ちました。母親がつくり出す家庭の空気やライフスタイルは、彼女にとって「家の温かさ」そのものだったといいます。
本が置かれたコーナー、灯されたキャンドル、花、そしてたくさんのテキスタイルやアート。そんな何気ない家の風景を、縦と横のラインによるコンポジションへと置き換え、手織りのラグとして表現しました。
卒業制作では、家具とテキスタイルを組み合わせながらこのテーマを探求。その後、3点の手織りラグと、同じクラフトの言語を持つベンチへと発展させています。



ラグから家具へ。「できない」と決めつけない
アンの活動を象徴する作品のひとつが、「Looms Chair」です。
テキスタイルデザインを学んだ彼女が、なぜ椅子をデザインしたのでしょうか。

その答えが、彼女のデザインに対する姿勢をよく表しています。
「テキスタイルデザイナーが椅子をデザインするのは一般的ではありません。でも私は、“できない”ということはないと思っていました。デザイナーなら、与えられたツールを使って何だってデザインできる」
兵役を終えた後、アンは約半年間デンマークで学び、そこで木工と出会いました。その経験を忘れられず、シェンカーの最終学年ではインダストリアルデザイン学科とともに木工のコースを受講。異なる分野の考え方や技術を吸収し、自らのテキスタイルの世界と融合させました。
そうして誕生した椅子は、織機に糸をかける前に経糸を整えるためのフレームから着想を得たものです。
作品は国際的なSIT Furniture Design Awardsで受賞。アンにとってその評価は、「自分に何ができて、何ができないかを、他人に決めさせない」ことの大切さを改めて実感する機会になりました。

卒業後、次々と広がったクリエーション
シェンカー卒業後の約2年間、アンの活動は急速に広がっています。
卒業から数カ月後には、恩師から声をかけられ、Jerusalem Design Week 2024に参加。フランスを拠点に活動するイスラエル人デザイナー、Bina Baitelのプロジェクト制作を担当しました。デザイナーから送られてきたスケッチや設計をもとに、さまざまな専門家と協力しながら、アイデアを実際の空間へと立ち上げていく仕事です。
この経験は、自分自身が作品をつくることだけでなく、クリエイティブなプロジェクトを「動かす」ことへの関心にもつながりました。
続くFresh Paint 2025では、卒業制作を発展させた作品を発表。そこで、自ら作品の前に立ち、来場者や顧客と直接向き合う経験を重ねたことが、独立したクリエイター/デザイナーとしての自分の立ち位置を考える大きなきっかけになったといいます。



さらに、イスラエルのソックスブランドYodfatとのコラボレーションでは、イスラエルの風景からインスピレーションを得たコレクションをデザイン。最初のコレクションに続き、すでに次のシリーズも進行しています。

ラグから家具、そして日常的に身につけるソックスへ。
媒体や用途が変わっても、アンにとってはすべてが同じ「デザイン」という世界の中にあります。
テキスタイルの可能性は、さらに先へ
現在、アンは自身の創作活動と並行して、カモフラージュ・ソリューションを手がける企業でテキスタイルデザイナーとして働いています。
カモフラージュには多くのテキスタイル技術が使われています。布に触れ、その構造を間近で観察し、背後にある技術を理解する――。素材そのものへの強い好奇心を持つ彼女にとって、そこもまた新しい可能性に満ちたデザインの現場です。
一方、個人の時間には、自分の頭の中に浮かんだアイデアやスケッチを、自由に形へと変えていきます。
企業での仕事と個人としての創作。その両方を行き来することが、アンの表現の幅をさらに広げていると言えるでしょう。
卒業制作は、若手クリエイターを紹介するミュンヘンの国際展「Talente – Masters of the Future」にも選出され、数百の応募の中から約90組のデザイナーのひとりとして作品を発表しました。
テキスタイルデザイナーだから、テキスタイルだけをデザインする必要はない。
アートとプロダクト、クラフトとテクノロジー、個人の表現と企業での仕事。その境界を軽やかに越えながら、アン・シュトリットは自分自身のデザインの領域を広げ続けています。
「デザイナーなら、なんだってデザインできる」。
その言葉は、彼女自身のこれまでのキャリアを最もよく表しているのかもしれません。
*本記事はイスラエルメディアPortfolioの報道をもとに構成しています。


