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ベート・シェアリムの墓地遺跡:ユダヤ再興を示すランドマーク|世界遺産シリーズ VOL 09

by ISRAERU 編集部 |2026年01月15日

イスラエル北部ガリラヤにあるタルムード時代の広大なユダヤ人の岩窟墓の墓地


イスラエルの世界遺産をご紹介するシリーズも、ついに最終回。
第9弾となる今回は、2015年に世界文化遺産に登録された「ベート・シェアリムの墓地遺跡:ユダヤ再興を示すランドマーク」をご紹介。
現在、イスラエルで9つある世界遺産の中で、一番新しい世界遺産を詳しく掘り下げていきましょう。


132年にバル・コクバの乱(第二次ユダヤ戦争)によって破れたユダヤ人により、エルサレム郊外に築かれた主要な埋葬地として有名なイスラエル北部に位置するベート・シェアリム。
この地は、カタコンベ(地下墓地)になっており、初期のユダヤ教の信仰の様子を現在まで残すものとして貴重な存在となっています。


紀元1〜4世紀のユダヤ人の大規模な岩盤切りの墓所・地下納骨洞窟群であるベイト・シェアリム
紀元1〜4世紀のユダヤ人の大規模な岩盤切りの墓所・地下納骨洞窟群であるベイト・シェアリム

ベート・シェアリムのネクロポリス:ユダヤ人再興の中心地とは?


イスラエル北西部の大都市ハイファから南東へ約20kmにあるベート・シェアリム。
この地は、一面に石灰岩の斜面が広がっており、2世紀からカタコンベ(地下墓所)が点在する場所として知られています。
また、ユダヤ人は132年にバル・コクバの乱(第二次ユダヤ戦争)でローマの支配に反乱を起こすも破れ、エルサレムから追放されるという悲劇に見舞われます。
そのため、以降はベート・シェアリムがユダヤ教徒の主要な墓地になったといわれています。

そして、この地に残るカタコンベはギリシャ語やアラム語、ヘブライ語などで書かれた碑文やさまざまな様式の絵画などが残る、非常に珍しい遺跡としても高い注目を集めています。
初期のユダヤ教の信仰の様子を現在まで残すとともに、そして2世紀以降にミシュナー(格言集)を編集して完成させたイェフーダー・ハン=ナーシー(ラビ・ユダ)のゆかりの地として、ユダヤ人の再興の歴史を伝えています。

様々なサルコファガ(石棺)や埋葬槽、壁面装飾が残されているベイト・シェアリム
様々なサルコファガ(石棺)や埋葬槽、壁面装飾が残されているベイト・シェアリム

世界遺産に登録された理由とは?


さて、ベート・シェアリムのネクロポリス:ユダヤ人再興の中心地。
なぜ、世界遺産に登録されたのでしょう。
その理由は、大きく分けて2つ考えられます。

ベート・シェアリムのカタコンベは、多言語の碑文や古代ローマ美術の影響を示す図像が残り、ヨーロッパや西アジアなどのグレコローマン(古代ギリシャからローマへの転換期)の芸術や文化の交流を示していること。
また、この地に埋葬された人々の起源を示す碑文や多様な埋葬形式や芸術表現から、当時のユダヤ人の拡大と周囲から文化を取り入れていたということを証明するといった点。

そして、もうひとつが、ベート・シェアリムのネクロポリスからは多言語やさまざな地域の芸術表現が見られることから、ユダヤ人が古代オリエント各地で交流をしていたことを示し、2世紀以降のユダヤ人の文化の再興が見られるという点で高く評価されています。

石棺(サルコファガス)の装飾パネルの一部
石棺(サルコファガス)の装飾パネルの一部。「マスク付きサルコファガス」と呼ばれる古代の埋葬用棺のひとつ

ちなみに「ラビ」とは、ユダヤ教における宗教的指導者なのですが、律法学者も「ラビ」と呼ばれることも。ラビは宗教的指導者としてのイメージが強いですが、もともとは神社における神主やお寺の住職に近いものという説もあります。

いかがでしたか?
9回にわたりご紹介してきたイスラエルの世界遺産。
素晴らしい場所や遺跡はもちろん、文化やライフスタイルなど、ご紹介した世界遺産を通じてイスラエルの新たな魅力と出会えたならば幸いです。
イスラエルには、まだまだ知らないことがいっぱいです。
これからもWEBマガジン「ISRAERU」で、新たなイスラエルの魅力をたくさん発見してください。