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DESIGN

「倒れないカップを作りたい」そんな思いが形になった、くるくる回る湯飲み茶碗。日本とイスラエル、文化の狭間で“sibubu”が生まれるまで。

by 中島 直美 |2022年05月19日

「陶芸はイスラエルに来てから始めたのですが、日本で暮らしていたころ、視覚障害のある母がよくカップを倒すのを見ていました。そんな母のために、倒れないカップを作りたいという思いがこのカップの基本にあるのです」


「倒れないカップを作りたい」そんな思いが形になった、くるくる回る湯飲み茶碗。日本とイスラエル、文化の狭間で“sibubu”が生まれるまで。


とってもユニークな陶器の湯飲み茶わんを作っている日本人がイスラエルにいると聞き、さっそく取材へと伺いました。くるくると回る絵柄がかわいらしく、遊び心いっぱいの湯飲み茶わん。けれど、そのカップの誕生の裏には様々な葛藤を乗り越えた作家の姿がありました。


sibubuはヘブライ語で「回転」という意味。湯飲み茶碗の誕生まで。

この湯飲みを作っているのは、イスラエル人の旦那さんの希望で日本から移住し、イスラエル滞在が今年でちょうど10年になるという、中元美里さん。


作家の中元美里さん。様々な困難を乗り越え、sibubuの商品化と共に自身も大きく成長したと言います。
作家の中元美里さん。様々な困難を乗り越え、sibubuの商品化と共に自身も大きく成長したと言います。

「この湯飲みは、目の不自由な母でも使いやすい、倒れないカップを作りたいという思いから生まれたものでした。手などがぶつかっても、こうやってカップが揺れれば倒れにくいし、中のものもこぼれにくくなります」


そう言って絵柄の異なる3つの湯飲みをくるくるとまわして見せてくれる中元さん。回ることで絵柄に動きが生まれ、ゆらゆらとたゆたう茶碗の様子が愛らしく、また茶碗がぶつかりあって響く、澄んだ音色が気持ちを安らげてくれます。


sibubuの湯飲みは、雲、風、波の3種類。どの絵も回すと動きにあふれ、それぞれ違った表情を見せてくれます。
sibubuの湯飲みは、雲、風、波の3種類。どの絵も回すと動きにあふれ、それぞれ違った表情を見せてくれます。

「sibubu持参で友人とカフェに行った時の話なんですけれど」と楽しそうな笑顔の中元さん。
「友人の子供が寝起きでぐずり始めてしまったんです。それで、このカップを子供の目の前でくるくるってまわしたら、それを見て子供がすっかり機嫌を直して、キャッキャと笑い始めたのです。その子はそれがとっても気に入ったようで、家に帰ったら家のカップも全部まわしてみようとしたという話を友人から聞いて、笑ってしまいました。なんだか思いもよらなかった副作用という感じでとても愛らしく、本当に楽しい気持ちになりました」


子供の小さな手にもぴったりフィット。使いやすさ、抜群です。
子供の小さな手にもぴったりフィット。使いやすさ、抜群です。

確かに、ゆらゆらと揺れるカップを見ているといつまでも飽きないし、なんだか心が安らぐのです。家でも同じことをしたいと思った小さな子供の気持ちは、私にもよくわかります。


「実はこの湯飲みの元の形は、こういうものでした」そう言って中元さんはちょっと形の違うカップを見せてくれました。商品化した湯飲みは、底の部分がスカートをはいたような、シーツを被ったお化けの足元の様な形をしていますが、オリジナルデザインはカップの底に真ん丸の脚が6個くっついた物だったそうです。中元さんは言います。


一番最初に作ったsibubuの原型となるカップ。
一番最初に作ったsibubuの原型となるカップ。

「一番最初に作った倒れない湯飲み茶碗がこれでした。でも、商品化のために窯元にこれを持って行ったところ、この形では型を使って生産することができないと言われました。そうなると一つ一つが職人の手作りとなり、商品化を考えると現実的でない、という結果になってしまったのです」


そこで、窯元の職人さんからのアドバイスを受け試行錯誤を繰り返し、その結果生まれたのが、この愛らしいデザインの「sibubu」。sibubuは無事に商品化され、販売がはじまったのでした。


そして、sibubuの原材料は、中元さんの出身地である熊本天草の天草陶石を使っているそうで、地元天草で弟さんが経営している「やまねこオリーブ」というオリーブ農園とのコラボ作品もあります。「私の出身地、天草の原料を使いたいというこだわりもありました。やっぱり私の根っこは天草にあるのかもしれません。そして弟のオリーブ農園と一緒に様々な形のコラボのアイディアを温めている最中で、将来はsibubuとやまねこオリーブで、地元天草とイスラエルをつなぐような事業を展開できればと思っています」と夢を語る中元さん。


遊び心と癒しの力を持ったsibubuに秘められたストーリー

商品化のために苦労した点についてお話を伺ったところ、上記の「型取りが可能な様にデザインを変えることは大変だったけれど…」との前置きで「実は私は、一番苦しい時や困難が生じた時にこそ、底力がワーッと出てくるんです」とおっしゃる中元さん。


「実は、sibubuの商品化プロジェクトを開始した2019年は、私にとって非常に大変な年でした。この年に、私たち夫婦は離婚することを決めたからなのです。そして、10年住んでいても言葉もわからない、今まで仕事をしたこともないこの物価の高いイスラエルで、自分で生計をたてていかなければならないという状況になりました。それで自分には何ができるかを考えたのです。そうして行きついたところが、この湯飲み茶碗の商品化でした」


猫が招いてる?クラウドファンディングを行った際の写真。クラウドファンディングは目標額の約350%を達成。大成功を収めました。
猫が招いてる?クラウドファンディングを行った際の写真。クラウドファンディングは目標額の約350%を達成。大成功を収めました。

中元さんは続けます。「私はこれまで、自分自身があまり好きではなかったし、正直イスラエルにいる自分が嫌いでした。イスラエルは人付き合いをとても重要視するお国柄ですけれど、私はもともと人付き合いも得意な方ではなかったです。人の目や周りの評価ばかりを気にする人間だったし、ヘブライ語も英語もロクに話せない、イスラエルに馴染めない自分が、怠惰な人間という風に思えて罪悪感の様なものもありました。でも、言い訳に聞こえるかもしれませんが、イスラエルでの生活は、私の価値観に合わない部分が本当に多かったのです。議論好きなイスラエル人が意見の違いを大きな声でぶつけ合うとか、私の性には合わないのです。


日本の水引をモチーフにしたリボンと、「な」の字にも見えるロゴマークがポイントの、シンプルでかわいいラッピング。プレゼント用に。
日本の水引をモチーフにしたリボンと、「な」の字にも見えるロゴマークがポイントの、シンプルでかわいいラッピング。プレゼント用に。

例えば陶芸教室でも、私は作業に集中するのが好きでした。でも、イスラエル人はおしゃべりのついでに陶芸をやっているという感じで…。私とは価値観が違ったのです」
この様に、中元さんは話してくれました。


「そして離婚に関しては、はじめは元旦那に対する怒りや、恨みといった負の感情が本当にすごかったです。でも、sibubuを商品化すると決めてからは、私は自分の心の奥深くに向き合い、そして社会とも深くかかわりあうことで、私自身が大きく変わりました。今では離婚は私にとっては決してネガティブなことではなかった、と言うことができます。


彼を愛し、結婚し、子供が生まれてイスラエルに来た。離婚は、そんな私の過去を否定する出来事ではなくて、人生の通過点です。離婚を通して私は過去の自分の行いも認めることができたし、現在の自分を好きになることもできました。離婚は、夫婦だった私たちが、未来に向かってそれぞれ自分自身の道を歩んでいくための通過点だったと思っています」


撮影の様子。一緒に写っているのは中元さんの娘さん、レブちゃん、11歳。
撮影の様子。一緒に写っているのは中元さんの娘さん、レブちゃん、11歳。

芸術作品「sibubu by nakamoto」

はじめは趣味で陶芸を始めた作家が「お母さんのために」と思って作った湯飲み。その後、人生の激動の期間の中で作品の商品化を決意し、困難に立ち向かいながら自分自身を見つめ直し、社会と関わりあうことで生まれたブランド、sibubu。


sibubuの将来をどんなふうに描いているのかたずねたところ、こんな答えが返ってきました。
「経営的な視点からすればとにかく大量に売ることが重要なのかもしれないし、多くの方に使っていただきたいという気持ちはもちろんあります。でも、私が一番思うのは、この湯飲みを相棒のように、友人のように感じて欲しいということです。


PCの隣に置かれたsibubuのカップ。リモートワークのお供にもぜひ使ってほしいという中元さん。
PCの隣に置かれたsibubuのカップ。リモートワークのお供にもぜひ使ってほしいという中元さん。

カップは食器の中でも使用頻度が高いものです。私はこれでお茶だけでなく、水も、ワインもコーヒーも飲むし、茶碗蒸しを作ったりもするんです。リラックスタイムも、仕事中も、食卓も。私にとってこの湯飲みは、いつも隣にいて、ゆらゆら揺れながら心に寄り添ってくれる相棒のような存在です。そんな気持ちをひとりでも多くの方に感じていただければ、と思います」と湯飲みを回す中元さん。


蕎麦猪口変わりに。茶碗蒸しやプリンも作れます。使い方はアイディア次第です。
蕎麦猪口変わりに。茶碗蒸しやプリンも作れます。使い方はアイディア次第です。

そう言われて湯飲みを見ると「そうだよ、そうだよ」と中元さんの言葉に相槌をうっているかのように優しく揺れています。作品に魂を吹き込むことを芸術というならば、彼女は間違いなく芸術家だといえるでしょう。


「私は日本にいる方が居心地が良いのかもしれませんが、でも、いろいろなアイディアが生まれるのはイスラエルにいる時なのです。この湯飲みにも、イスラエルカラーである青を取り入れています。大変なことも多いですけれど、最終的にイスラエルに来たことは後悔していません」口調は控え目でも、自信を持って言う中元さん。


遊び心いっぱいに、ゆらゆらと揺れるこの湯飲みからは全く想像もできなかったsibubuの誕生秘話でしたが、取材を終え、ステキな笑顔で別れの挨拶をしてくれる中元さんの隣にある湯飲みたちからは、嬉しそうな笑い声が今にも聞こえてきそうでした。


作家の優しさと成長を糧に出来上がった湯飲み茶わん、sibubu。目の見えないお母さんだけでなく、持ち主ひとりひとりの心に寄り添ってくれる、とっても素敵なカップです。


▼ECサイト
https://sibububynakamoto.com

(海外配送向け)

https://sibububynakamoto.shop

(国内配送向け)


▼Etsy

https://www.sibububynakamoto.etsy.com


▼instagram

https://www.instagram.com/nnaakkaammoottoo

https://www.instagram.com/sibubu_in_israel


▼facebook

https://www.facebook.com/sibubu-by-nakamoto