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BUSINESS

社会参加の難しい若者を支えるプログラム、ニリム

by 新井 均 |2021年09月07日

イスラエルの北部にはニリム・ユース・ビレッジという村(コミュニティ)があります。

ニリムは、2002年にテロとの戦いで戦死した元Navy Sealsのニル・クリチマン(Nir Krichman)の兄弟と彼の指揮官により設立された村で、”ハイ・リスクの若者”たちが共に生活し、様々な活動を通して自信を持ち、社会で活躍できるようにするためのプログラムです。ハイ・リスクの若者とは、貧困や肉体的・精神的暴力にさらされたり、薬物やアルコールの乱用、不登校、犯罪などの問題を抱える少年・少女です。彼らが自信を取り戻し、社会の一員として適合できるようになるために、独自の教育プログラムを提供しているのがニリムです。


貧困や肉体的・精神的暴力にさらされたり、薬物やアルコールの乱用、不登校、犯罪などの問題を抱える少年・少女たちが社会の一員として適合できるようになるために、独自の教育プログラムを提供するニリム

具体的な目標としては、若者たちが将来高等教育を受けたいと考えたときに、それを可能とする入学資格(Full Matricuration)を取得させる。また、IDFの兵役が受けられるようになる(義務を果たせる人間となる)ように支援をする、の2点が核となっています。


5ステージで構成されるプログラム

そのプログラムはとてもユニークです。

ニリム・ユース・ビレッジには、14歳から18歳までの若者約100人が暮らしています。

参加者は5つのステージを完了せねばなりませんが、前のステージを完了することで、次のステージに進む、という段階的なプロセスを踏みます。


ステージ1

最初は村での生活や、スケジュール、規律、価値観に慣れることを求められます。日々の生活の中で与えられる課題を通して、ニリムという村の一員であることを認識していきます。


ステージ2

この段階では、チームビルディングに焦点が当てられます。個々人はチームの一員として、責任と規範のある行動を求められます。


ステージ3

この段階では、子どもたちが「自分が何を得られるか」と考えることから、「自分が何を与えられるか」という考え方が出来るようにします。コミュニティ全体への貢献や、困っている人を助けるという経験を通して「与える」ことの出来る人間を目指します。


ステージ4

これは、村の生活の最終年となる段階で始まるのですが、責任あるチームの一員として、ニリムトラックを始めたばかりの子どもたちの指導にあたります。この活動を通して、リーダーシップを学び、IDFに関連したトレーニング活動も増えていくそうです。


ステージ5

この段階で、個々人がニリムから卒業していくための、包括的なプロセスを経験します。彼らは社会から離れた特別な村で生活してきたので、再び社会の一員となれるように、徐々に境界を移動させていくようです。これまでは様々な支援をうけてきましたが、この段階からは生活の全ての責任を自己で負うことを経験します。

それぞれのステージの最後には、両親も招いたセレモニーが行われるそうです。


貧困や肉体的・精神的暴力にさらされたり、薬物やアルコールの乱用、不登校、犯罪などの問題を抱える少年・少女たちが社会の一員として適合できるようになるために、独自の教育プログラムを提供するニリム

このすべてのステージにおいて、学校が彼らの生活の大きな要素になっています。専門の教師とボランティアが、最大8名という少人数のクラスで生徒を指導し、様々な学習体験を提供するそうです。もともと「リスクのある」若者たちなのですが、彼らの過去の成績や状況に応じて生徒を分類はせず、きめ細かな面倒を見ることで3年以内に高校卒業証書を獲得することを目指します。


ここでの生活は教育であると同時にセラピーでもあります。専門のソーシャルワーカーやセラピストが常に連携してセミナーやワークショップを開催し、ときには両親も参加して治療やコミュニケーションスキルを学び、リスクサイクルから抜け出すことを目指します。この治療のハイライトが、Wildness Therapy です。ここには、プログラム創設者が海兵隊で経験したトレーニングが活かされているようです。ほとんどの10代の若者たちは、あまり自然に縁のない生活をしてきましたが、彼らが様々な野外活動を経験することで、多様な目標を達成し、自己のアイデンティティを再構築することができるのです。そして、クライマックスとしては、砂漠の中で5日間のサバイバル旅行をするそうです。厳しい環境の中で、トレッキングや山登りを含む、肉体的にも精神的にも困難なチャレンジをするのですが、そこには専門のスタッフが付き添い、心理的にもサポートします。従来であれば不可能であると思っていたことを自ら成し遂げることで、一人ひとりが変わっていくと言います。


ニリムプログラムのクライマックス、砂漠の中で5日間のサバイバル旅行

日本でも良く知られているように、イスラエルでは兵役が義務であり、このハイリスクな若者たちは、以前はIDFには採用されない可能性が高い人たちでした。イスラエル社会では、兵役は社会の様々な仕組みと密接に関わっており、仕事を得たり、大学に進学する際のある種の前提条件でもあります。つまり、兵役に採用されなければ、その後の人生に大きな支障をきたす訳です。ニリムプログラムは、若者の社会参加の機会を損なわないためのプログラムとして、大変重要な役割を持っているのです。この組織は、国の支援や多くの寄付から成り立っていますが、ボランティアとして積極的に参加する若者も多いそうです。実際、この情報は、兵役前の数カ月間ニリムにボランティアとして参加した息子を持つイスラエル人の母親から教えてもらいました。


ニリムプログラムのクライマックス、砂漠の中で5日間のサバイバル旅行

昨年11月に、『スタートアップ大国イスラエルを支えるタルピオットプログラムとは』という記事を寄稿しました。タルピオットプログラムはトップ・オブ・トップのエリート人材を育成するプログラムです。このような国を支えるエリートを育てるプログラムがある一方で、ニリムのように様々な困難を抱えている若者も見捨てないプログラムもあり、それに積極的に参加するボランティアの若者がいる、ということは、私達があまり知らないイスラエルの美しさであり、強さではないでしょうか。



http://www.nirim.org/en