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BUSINESS

すそ野では満足しない、頂上を目指す<後編>

独占インタビュー|ダニエル・コルバー経済担当公使兼経済貿易ミッション代表

by 新井 均 |2021年01月21日

取材の後半は、イスラエル/日本の二国間関係の強化について存分にお話を伺いました。


前編はこちら


ダニエル・コルバー氏

自由貿易交渉は、まさにコルバー氏が主導してきた仕事であり、自分のフィールドとして最も得意な分野です。今までの経験をふまえ、日本とイスラエルの間のFTAについても明確な目標をお持ちでした。


「ヘブライ語の慣用句で”You are serving the ball”という意味の言葉があります。FTAに関する話題は、まさにバレーボールのサーブを打ってくれたようなGood Questionです。残念ながら両国間のFTAはまだ実現しておらず、我々の目指す大きなゴールの一つです。イスラエルはEUやスイス、アメリカ、コロンビア、メキシコそしてトルコなどを含む、42カ国とFTAを結んでいます。アジアでイスラエルが最初にFTAを結ぶ国が韓国で、中国やベトナム、インドとも交渉しています。ロシア、ベラルーシ、アルメニア、カザフスタン、キルギスタンといったユーラシア経済圏の国々とも議論しています。」


「従来の多くの国との貿易交渉の経験が、二国間関係を強化するという、今の日本での私のミッションにも活かせると思います。日本からイスラエルへの輸出品の殆どは機械や自動車、部品であり税金がかかります。しかし、ヨーロッパやアメリカからイスラエルに自動車を輸出する場合には税金がかかりません。すぐに韓国もそうなります。したがって、日本の産業界は不利な立場にあるし、それが日本からイスラエルへの輸出を少なくしているかもしれません。その障害を取り除くことは双方にメリットがあるはずです。」



イスラエルの市場はあまり大きくないとはいえ、日本にとっても重要な検討課題です。また、貿易に限らず二国間の関係という意味では、ここ数年、日本とイスラエルとの関係は大変良くなりました。この現状をコルバー氏がどのように捉え、今後どの方向に持っていこうとされているか伺いました。


「役割上、通商関係のみについてコメントしますが、日本とイスラエルとの関係は近年大変良くなりました。大きなモメンタムがあると見ています。コロナ禍にも関わらずその傾向と投資は続いています。現在イスラエルにビジネスパートナーや提携企業を探している日本企業は、90社以上にも上ります。最近も三井住友海上火災保険がイスラエルの保険会社に出資しました。またオリックスもイスラエルの投資プラットフォームOurCrowdに62億円を出資しました。数日ごとにこのようなニュースがあり、2014年にはじまったこのモメンタムは確実に続いています。ただ、ポテンシャルはもっと大きいと考えています。日本は世界で3番目に大きな経済ですが、現状のイスラエルと日本との貿易は極めて小さく、日本のイスラエルからの輸入は、輸入全体のわずか0.2%でしかありません。日本の経済はとても大きく、地理的には遠く離れているとしても、イスラエルと日本との間にはまだ多くの相補性(Complementary)があるはずです。」


「先週も日本の重要な金融グループの代表の方に会いました。彼らは近々スカウティングのためにイスラエルに人を送り込むそうです。他にも、数か月以内にイスラエルへ派遣を予定している大手保険会社の代表とも会いました。毎月毎月新たなオフィスが開設され、90社以上の企業がビジネス・協業の相手を探しに日本からイスラエルに来ています。この傾向は続き、坂を登り始めていますが、ピークはずっと高いはずで、やることはたくさんあると考えています。」


「今後数年間で、イスラエルと日本間の投資や商品やサービスの貿易が増加すると思います。特に、日本のデジタルトランスフォーメーション改革のモメンタムが、AIやビッグデータ、IoTなど、イスラエルのイノベーションの扉を開くことになるでしょう。」


「数年前に”スタートアップネーション”という本が出版されて以来、それがイスラエルを表す言葉になりました。しかし、最近はスケールアップにしようという議論も始まっています。会社を成長させるほうが、早い段階で会社を売るよりもより多くの価値を生むのではないかと考える人もいます。一方で、イスラエルの強みは、新しいアイデアを生み、スタートアップを生むことにあることも忘れてはなりません。アントレプレナーがスタートアップを生み、育てるエコシステムがあり、それを売却して次のスタートアップを作るというシリアルアントレプレナーがいます。「価値」は「強み」から生まれるのであり、大企業を育て経営することに我々の強みがないのであれば、そこにフォーカスする意味はないだろうという人もいます。どちらが良いのか私には分かりませんし、どちらもあるのだと思います。但し、日本もイスラエルも自由な市場であり、人々が興味がある、正しいと思うことをすべきだと考えます。政府がそこに干渉することはありません。」


Photo by Dana Friedlander (The Israeli Ministry of Tourism)

「日本企業は金融投資よりも戦略投資に関心がある、と我々は見ています。日本企業はイスラエルのスタートアップと協業し、そのイノベーションを彼らのプロダクトに組み込んで広く普及させようとする、それは大変良いコンビネーションだと思います。」


話題は経済だけではなく、文化や若者の交流などにも発展し、大変多面的な角度からお話を伺う事ができました。何度か口にされた言葉が日本とイスラエルとの「相補性:Complementary」です。よく”イスラエルは0→1が得意であり、日本は1→100が得意なので、互いにベストパートナーだ”ということを言う人がいます。しかし、物事はそんな単純ではありません。Complementaryを活かすためには、お互いがお互いの強みだけではなく、弱みも正しく理解していることが必要です。その意味でも、多くの政治や文化の異なる国々と通商交渉を進めてきた経験のあるコルバー氏が日本に就任されたことは、日本にとっても大変メリットの大きいことではないでしょうか。また、殆どの日本の官僚は大学卒業後すぐに官僚としてのキャリアを歩み始めますが、コルバー氏はホテルマンとして顧客にサービスを提供する経験をした後に官僚になっています。ソフトな語り口はホテル業界経験から来るのかもしれませんが、ともかく”現実のビジネスを知っている”重要な人材であることは間違いありません。


今後の日本でのミッションについて、高い山のピークに向けて、やるべきことは沢山あるとの意欲を示されました。経済担当公使ですから仕事の中心はビジネスのプロモーションになると思いますが、ビジネスは政治・歴史・文化と不可分です。まだまだ多くの日本人はあまりイスラエルのことを知りません。ビジネスだけではなく、イスラエルの生活や文化も合わせて日本にプロモートし、同時に日本の歴史や文化もイスラエルに伝えながら、互いのビジネスを促進する役割を進めていただきたいと期待します。