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BUSINESS

”やり抜く力”の源を、CHUTZPAHの著者、インバル・アリエリ氏に聞く(後編)

by 新井 均 |2021年09月03日

起業家精神のルーツ CHUTZPAH(フツパ)―イスラエル流“やり抜く力”の源を探るの著者インバル・アリエリ

前編はこちら


起業家精神のルーツCHUTZPAHについて

―――アリエリさんは本の中で、「フツパ精神」は天性のものというわけではなく、育てることが出来ると言っておられます。しかし、個々のエピソードを読むと、やはりそれはイスラエル人のケースであり、個人的には日本人が同じように訓練できるものか怪しい思いもします。

「フツパ精神」はマインドセットだということを指摘したいと思います。例えば、私はイスラエル人の女性で、同じ年齢の日本人の女性を考えてみます。どちらも体の構造は同じです。でも、それぞれが別のやり方で体を動かしているでしょう。例えば、それぞれの体を作る日本食と地中海料理とでは、原材料も異なります。筋肉の動かし方も違うかも知れません。しかし、詰まるところは同じ構造の体なのです。何人(なにじん)であろうと、内在する”ソフトスキル”は共通です。2歳、3歳の子供は、それぞれの社会・文化・価値に染まる前は、何にでも興味を持ち、沢山の質問をし、他の子供と遊ぶのが好きな美しい創造物です。私は、必要な「要素」は誰にでも備わっているのだと考えています。それに気づき、その「要素」を使おうと思うかどうか、自分の筋肉を動かそうとするかどうか、ではないでしょうか。将来を考えると、日本に限らず、世界中で技術はとても早く進歩し、気候変動があり、AIが進化し、私達の未来は多くの不確実性に満ちていることに気づきます。それに対処するには、ソフトスキルを高め、スポーツのようにトレーニングしていくことが必要だと思っています。


―――類似の質問ですが、本の中ではステージ1としての幼少期の挑戦事例から、ステージ5の大人がネットワークでつながることの重要性までわかりやすく解説されています。例えば、ステージ1から4までのような経験をしなかった大人が、思い立って自らの起業家精神をもっと養おうと考えたとき、それは可能でしょうか?

もちろん、可能です。紹介した事例はイスラエルというレンズを通したものですが、例えば子供時代の例として紹介したストーリーの中のソフトスキルは、企業のマネジメントでも使えるものです。スタートアップのマネジメントと大企業のマネジメントでは異なるマインドセットが必要でしょうし、組織も環境も異なります。しかし、ソフトスキルを活かすという点は同じです。それが彼らの将来の成功を支えます。


―――本では、若者のツォフィーム・スカウト(Zofim Scout)という活動が紹介されていました。このような活動が若者を育てるのでしょうか?

その通りです。日本でもスカウト活動があると思いますが、13歳から15歳くらいのティーン・エイジャーが参加し、イスラエルではオペレーションを彼らに任せます。環境の設定はしますが、大人が言葉で指示したり、退屈な作業をさせるのではなく、意味のあるタスクを与えれば、彼らは自ら責任ある存在であることを示します。問題があれば自ら解決し、リスク管理も行うようになります。


イスラエルでこのような若者の活動が盛んなのは、歴史も関係あるかもしれません。建国以前、ティーン・エイジャーもイスラエルという国を作るために具体的に働きました。イスラエルだけではなく、どの国でも、昔は16歳と言えば立派な大人であり、社会の一員だったはずです。それが変わったのは近代なのです。


―――イスラエルの歴史にも関連しているという点から、もう一つ質問させてください。例えば、今後中東の緊張も和らぎ、100年、200年と争いも少ない時代が来るとします。そんな生活をしたその後も、イスラエルのフツパスピリットは変わらないでしょうか?幸い日本人は戦後相対的に穏やかな暮らしが出来ていますが、一方で、平和ボケしていて、リスクマネジメントも上手くないと思います。

将来の予測をすることはできませんが、私は平和な中東が直ぐに来てほしいと願っています。しかし、新型コロナウイルスを解決できたとしても、その後また新たな感染症が生まれたり、気候変動による災害が発生したり、技術が急激に進化したり、私達の生活を変えるような「不確実性」は中東に限らず世界に存在し続けるでしょう。軍に関係しないことでも、私達は挑戦を続けねばならないのです。その時、私達イスラエル人が持っているマインドセットは、とても重要な役割を果たすと思いますし、世界もそれを認識するでしょう。知識や経験はもちろん重要ですが、ロボットや機械学習の進化とともに、それらはコモディティになります。創造的なマインドセット、イノベーティブなマインドセット、起業家のマインドセットは私達人間の持つElementであり、機械に教えることは出来ません。


イスラエルと日本と違う点があるとすれば、出生率かも知れません。イスラエルはOECCD諸国のなかで最も高い出生率を示しており、子供・若者の多い国です。この若さは経済の成長にもつながると思います。


――― 私も正にその問題認識を持っていました。日本は人口も減少し始め、30年前から経済成長が止まっています。我々が再び成長軌道に乗るためには、この本に学ぶことが多いと思いました。

先程筋肉の話をしましたが、日本人の持つ強い筋肉を使えるのだと考えます。わずか8年前の2013年には、イスラエルにはユニコーンが1社しかいませんでした。2019年には18社、今は65社以上のユニコーンがいます。彼らは世界のマーケットリーダになりました。彼らの筋肉、スキルを使っているのです。日本とイスラエルとではお互いのスキルは異なるかもしれませんが、コラボレーション出来ると考えます。


講演活動について

起業家精神のルーツ CHUTZPAH(フツパ)―イスラエル流“やり抜く力”の源を探るの著者インバル・アリエリ

―――アリエリさんは世界中で多くの企業や組織に講演をされているようですが、どのようなトピックの講演が多いか、国や企業によって異なる反応があったかなど聞かせてください。

私は、世界各地でイスラエルについて、スタートアップについて、テックエコシステムについて講演してきました。また、企業の経営者がIDFのエリートユニットに学べることについても話しました。それは、実際に今日の経済状況にどのように適応していくかという面でとても重要です。また、人材の評価、8200部隊の人材スクリーニング方法、過去の実績ではなくポテンシャル・適性を見る配属など、ヒューマンファクターについても話をしました。もちろん、ソフトスキル(creativity, complex problem solving, team work, risk taking and risk management等)についての講演もしました。


私は、私の言葉でイスラエルの事例を伝えますが、常に聴衆の目でどのように見えるかに注意しています。料理のレシピのような「決まった答え」があるわけではありません。私の役割は「気づき」の重要性をハイライトすることです。あなたが言われたように、文化や、国や、企業・組織や、更には仕事の内容によっても、私の言葉をどのように理解し、それぞれにとって正しいことは何なのかは異なります。他者からの答えを求めるのではなく、自分で解を探し、自分向けに翻訳していくことこそ、より良い理解につながります。


私の講演の主な聴衆は、企業の経営者やベンチャーキャピタルなど、ビジネスの人たちです。ベンチャーキャピタルは単に技術に投資をするわけではなく、それを生み出した企業、そのチームに投資をするわけで、大きな視野が必要です。若い聴衆にも話をしました。


私の講演を聞いて、そこから新たな質問が生まれるのが私にとっての成功です。質問されたように、国や企業によって反応が異なることもありますが、重要なのは、人間としては同じであるということです。先に述べたように、核となる要素(elements)は同じですので、私は聴衆それぞれの”内なる子供”に繋ごうとします。だから、本の中でも多くの成功者たちの子供時代を紹介しました。専門家ではない時代に、子どもたちは多くの質問をしながら学んでいくのです。


起業家精神のルーツ CHUTZPAH(フツパ)―イスラエル流“やり抜く力”の源を探るの著者インバル・アリエリ

―――日本で講演の機会があるとすれば、誰に向けて話をしたいですか?

私の興味があるのは「変化を起こせる人」です。したがって、企業の経営者たちにお話しができればと思っています。既にJapan Israeel Innovation Platformの方とも話をしていますし、SivanSをはじめ、多くの人が支援してくれていますので、近い将来実現することを心から願っています。


また日本にもパートナーのベアーレ・コンサルティング株式会社がおりますので、講演に興味がある方はお気軽にご連絡いただけると嬉しいです。


アリエリ氏は、大変丁寧に言葉を選んでそれぞれの質問に答えてくれました。マインドセットとか、ソフトスキルとか、彼女のメッセージの核となるポイントは少し抽象的でもありますが、だからこそ、その理解を助けるために多くの事例を本に書いてくれたのだと改めて理解しました。イスラエル人であろうが、日本人であろうが”やり抜く力”の源、Element、は同じで皆が持っている、それに気づき、そのElementを使おうとするかどうか、である、と繰り返し話してくれました。大変力づけられるメッセージであったと思います。


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